Naknet blog

Nothing to believe, nothing else to believe.

恋愛「格差」社会ww

ちっと思うところがあったんで

コメント。

 んーと、まず自分を「非モテ」だって思ってるということは、これを意識しているということです。
 もてるのかもてないのかは実際に異性に当たってみるまで分かりませんから、彼らにはそういう接触の機会があったということになります。
 自分こそ「非モテ」に違いないのですが、しかし彼の言うような過激な意見には同意しかねる部分があるわけです。
 なぜ分からないのか。それは経験していないからだ。なぜ経験していないのかというと、それはそもそも周りにいないからです。

 ゼロの方がマイナスよりいいのかは分かりませんが、正直言って「会って話したことあるだけましじゃん」と思う自分は異常なのでしょうか。
 「周りにいない」と言った場合、普通は「ほんの少ししかいない」か「(恋愛対象になりそうな人は)いない」かのどちらかを指すと思われます。後者は、例えば既婚だとかそういうことです。
 しかし自分の場合はもっと特殊で、完全にゼロなんですよw

 いえ、そりゃ電車に乗ればいますよ?街歩いててもいますし。だって人口の約半分は女性なんですから。
 でもそれをして「周囲にいる」とは言わないでしょう。
 遠隔地の中高一貫男子校で小学校時代の付き合いも断絶し、snegなフラグもない自分には、本気で異性の人と触れ合う機会がないんですよw差し詰め「鐘○音」w

 「共学でクラスにはいたけど完全に無視されてた」なんて悲惨な(笑えない)話も聞きますし、そういう状況とどっちがいいかと言われれば微妙なところはありますが、それでも事前情報ゼロの状態で、最初から完全に無視されるなんてことはまずあり得ないわけですから、少なくともスタート地点には立てたわけですよね。
 だけど自分はそれすらないんですよw勝負以前。棄権した覚えはないんですけどねw

 彼らは「自分たちは最下層だ」なーんて思っているかもしれませんが、定義次第ではそれ以下の人間もいるってことなんですよね。

Another Sight

 さて本題ですが、下を見て元気出せとかそんなのではなく、この状況を逆に捉えてみようという研究です。
 確かにスタート地点にすら立てていない我々「無モテ」ですが、スタートしたとしても、風の噂に聞く「恋愛資本主義」で*1ぼろくそに負けるのであれば、最初から相手にしないほうが懸命なのではなかったのか。
 また、こうした環境で理想像が肥大化した一方、現実の姿に打ちひしがれるということもなかった。そして、事前情報なしにぶつかっていって玉砕する前に様々なルートから「奴らは汚ぇ」という情報が入り、耐性が出来た。
 「理想は理想で現実はまた汚ぇ論理で動いている」ということを知った今となっては、現実世界に自分の理想をそのまま投影するなーんてことは、まさかしないでしょう。しそうになっても、やはりどこかに諦めが内在しているので、裏切られた時のショックも相当緩和されるはずです。
 現実の異性に対しては悪い印象しかないので、たまたままともな人間にめぐり合えたりしたら、もしかしたら「世界もまだ捨てたもんじゃないなぁ」なんて考えるかもしれません。
 第一、異性に対してはそんなにぎらぎらした欲望を持っているほうじゃないので、無理だったら無理だったで仕方ないと諦めることも出来そうです。

 あれこれ俺もしかして勝ち組じゃね?ktkrw……とかまぁそんな話じゃなくてですね、ナンパとかしまくってるDQNヤリチン男になるか、信じていたのを手痛く裏切られるか、信じたいけどやめといてセフセフかのどれかになってしまうのだとしたら、三番目は決して悪い選択じゃないですよねと。

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  • *1 : この言葉は二義的だと思います。「競争原理」という意味の「資本主義」と、「資本」(==資産、財産、要するに金)に全判断基準を据える恋愛という意味です。
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全員総評論家現象

前回のエントリを書いた時点では掴みきれていなかったこの違和感の正体が判明しましたので、報告します。

「批評」というものはそもそもどういったものであるのか。
私はこれは、その物事の問題点を整理して提示することで、そのものの質を更に向上させるための手段ではないかと思っています。
飽くまで手段であって目的ではないと。
批判のためだけの批判。全く建設的な目的を含まない批判と誹謗中傷の間に、一体どのような違いがあるというのでしょうか。

これは昨今の民主党の迷走ぶりを見れば一目瞭然です。
従来から野党は与党を批判してあら捜しをすることだけに力を注いでいて、政治家の本来の職務である政策論争が全く行われていませんでした。
野党のこういった姿勢が批判されているのを、まさか知らない人はいないと思います。
そこで「対案路線」なるものを発表していた矢先に、あの偽メール出てきて飛びついてしまった……というのは周知の事実でしょう。

さて。こういった批判若しくは批評と言うものの本来の性質を頭に入れたとき、彼のそれに限らず、世に満ち満ちている、俗に「辛口」などと称される批評は、果たして本当に意味のあるものなのでしょうか。
「辛口」な批評を書きたいがために、冒頭でいきなり作品を貶す。あら捜しをする。...etc
そこには作品を評価したいという意思は、最早存在しません。
貶したいから貶す。批判したいから批判する。
今後の作品の質の向上などより、まず気に入らないものを扱き下ろす。
これが果たして健全な批評文化と言えるのでしょうか。

成程。確かに公に対して発表されている作品について「何を言おうが自由」に違いはありません。
ここではひとまず、こういった極めて貧しい「批評のための批評」を許容することとしましょう。
さて、絵画や小説ならば製作した人間が明らかであるため、作品に対する批評について誰が反論すべきかは明らかです。
公になっている作品についての全ての批評に反論することは不可能ですが、それでも作者にはその権利が保障されています。
しかし、今回のようなアニメ作品ではどうでしょうか。
ご存知のように、アニメ作品には極めて多くの人間が関わっており、例えば彼が指摘する構成上の問題点にしても、果たしてそれが監督個人の意思であったかどうかという疑問は払拭し得ません。
そこには制作会社の意向があったのかもしれません。
そういう中で作業をしなければならなかった彼らには、作品に対する批判に反論する権利は存在しません。
反論されないことを言いことに言いたい放題吐き捨てる。これが卑怯でなくて何だと言うのでしょうか。

ここで、それではアニメ作品に対する批評は不可能になってしまうのではないかという問題があります。
いくら公正な反論のための環境が整備されていないからと言って、何も言えないのはそれはそれで問題に違いありません。
要は、相手が何も言えないのならば、相応の配慮をすべきだと言うことです。
ここでの「配慮」というのは、出来るならば長所を探して付け加えてみるのがいいのですが、それが無理ならば、最低限貶したり罵倒するような発言は控えるという、あまりにも基本的なマナーの徹底です。

「辛口」――勿論この中には様々な種類があるでしょうが――の批評は、非常に危険です。一歩間違えれば貶すだけになってしまいかねない。だから、当然全ての批評はそうですが、「辛口」を自称する人間ならば尚更、自らの発言には一層慎重にならなければならない。
社会人なら当然、自分の一切の言動には相応の責任が伴うことを知っているはずです。
「辛口」批評を書いて自分で眺めるだけなら問題はありません。が、それを人目につく場所に公表するというのならば、自ずとここに社会的責任が発生します。
では、相手が言い返せないのをいいことに言いたいことを臆面もなく言う「辛口」の批評に対する社会的責任を、その人は全うできるのでしょうか。
貶すということは攻撃することですから、その人がまた別の形で何らかの「攻撃」をされても文句は言えません。これに文句を言うのは筋違いであり、盗人猛々しいにも程があります。
そういった点を踏まえても尚、「辛口」などと言って己の暗い欲求を解消しようと躍起になることに、何のためらいも起こらないのでしょうか。

問題点があるからといって、それは誹謗中傷を正当化するわけでは決してありません。発言には品位とマナーが伴うべきです。

前述のような批評そのものに対する問題以外にも、まだ問題はあります。それこそが今回のエントリのタイトルに書いたようなことです。
要するに周りが見えていないということ。これは先ほどの「配慮」の問題とも関連しますが、そういった「辛口」批評を、その作品を好きな人間が見たらどう思うのか。製作者が見たらどう感じるのか。
まるでそれが自分のためだけに作られ、与えられたような気分になり、そして「批評」なるものを垂れ流すことで、まるで自らが高みに上っているという勘違いをしているからこそ、こういった不遜な発言が出来るのではないでしょうか。
人間との関わり合いが希薄になり、それが他でもない、血の通った人間の手によって生み出されたものであるということを、どうも忘れているようです。
また、世界は常に自分中心に動いているとでも勘違いしているのか、それとも周囲には自分に対する賛同者しか置いていないのかは分かりませんが、その発言が客観的に見てどういう印象を与えるのかということを考えようとしません。

作品とその製作者に対する敬意、また、自らの言動を律すべき羞恥心。この二つが欠けずに、どうして「辛口」などと調子に乗ることが出来るのでしょうか。

最近、特にネット界隈には、こういった無分別な「批評家」が溢れています。
彼らを更に調子付かせることのないよう、貴方が作品を正当に評価できるよう、常に自らを律していって欲しいと思います。
私自身も含めてですがね。

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北の核問題について

たまにはまともな記事でも。

北が核実験をした(14日現在では確証は取れていませんが)のは周知のことだと思います。
んで中国も制裁が必要だと言っているとか何とかで、早ければ一両日中にも安保理決議案が採決されるというところです。

一体北は何を考えているんだと思う人も多いと思いますが、勿論これも勝算あってやったことだと私は思っています。
というのも、いくら国際社会を挑発しようとも、余程のことがない限り戦争にはならないからです。
共産中国は半東北部に親米政権が出来るのを嫌います。ロシアも同じ。
特に中国は共産党一党独裁体制を何とか維持しようと躍起になっており、政権が不安定になるような要素は極力排除したいはずです。隣国で戦争なんてもってのほかでしょう。

アメリカはアメリカでアフガンやらイラクやらで困難に直面し、また戦費もかさんでいます。これ以上別の地域で戦争を始めるのはきついというのが正直なところでしょう。
日本だって一応軍隊は持っていますが、実戦経験がない以上、完遂できるかは疑問です。第一世論が反対します。

第一、戦争になれば確実に崩壊する朝鮮労働党政権の後を、一体どうするかというのが不透明すぎます。
民主化だ何だとアメリカが言えば中国は有形無形の嫌がらせをするでしょうし、南には統一政府を運営するだけの覚悟と力量があるとは思えません。

そんなこんなで、各国ともなるべく現状を維持したがっているわけです。
将軍様だってあほじゃありませんから、この辺の事情は全部分かった上で、プラスになるかどうかは分からないがマイナスにだけは絶対にならない戦略だと解釈しているのでしょう。
制裁についてもある程度は織り込み済みに決まっています。前述のような理由で北が暴発するような事態を中国は回避しようとするでしょうから、適当に緊張を高めれば最低限の援助は継続すると踏んでいると。


今回の実験は失敗だったのではないかという観測が一部には流れているようです。
失敗成功に関わらず核実験なんてのは許されることではありませんから制裁は当然のことです。

が、実際のところ、例えば広島や長崎に投下されたような原爆を開発したとして、それだけでは脅威にはなり得ません。
これを実際に使用するには、まず大型の戦略爆撃機が必要です。その上でこれを日本上空まで飛ばし、投下する必要があります。
そんなものが日本と、場合によっては韓国のレーダー網にかからないはずはありません。領空侵犯になればスクランブルがかかります。停止命令を無視すれば撃墜しにかかるでしょう。
これに対抗するにはある程度の――といってもF-15を始めとする強力な戦力を持つ空自に対抗するためには相当の――空軍力が必要で、これは全く非現実的です。

ですから、核兵器を戦略的に運用するには、最低限核弾頭搭載の(弾道)ミサイル。それに出来れば原子力潜水艦に搭載するSLBMが必要です。
ミサイルの弾頭として搭載できる核を作るにはかなりの小型化が必要で、これは核実験に成功したからと言って一朝一夕で製造できるものではありません。
北の技術レベルがそこまで行っているかは疑問ですが、行っていたとして相互破壊保障を達成するだけの配備をする資金が今後捻出できるかどうかは更に疑問です。

なんで、現実問題として、少なくとも今後5年は北の核は直接的な脅威にはなり得ません。
地理的に近い日本に対してでさえそうなのですから、アメリカに対しては尚更です。ですから今回の実験は「だめもと」で、もしかして折れるかもしれないくらいの予測でやったのでしょう。

まぁ南に対してなら何とか脅しになるかもしれませんが、あの国には既に北のシンパが大量に入り込んでいて結局は援助するということが分かっているので、今更交渉も何もないでしょう。
北をここまで増長させたのは、偏に南の「太陽政策」のせいです*1

北も最低限体制の維持だけは確保したいでしょうから、恐怖を煽っても実際に戦争をおっぱじめる積りはない……と思います。スターリンや毛沢東の頃とはお話が違いますから、北が暴走して始まる戦争に軍事支援するなんてありえません。
……実は中国とは裏で全部折り合いがついていると考えても不思議ではありませんが、だからと言って、外資が経済を支えている中国が軍事的手段にGoサインは出さないでしょう。少なくとも表向きには。


日本の対抗核武装の可能性ですが、前述のように北に対しては核なんて必要ありませんから、仮想敵は中国それにロシアでしょう。
今後アメリカの力が相対的に低下し、また中国が共産党支配のまま現在の成長と軍拡を続ける可能性はかなり大きいです。
そういう事態になったときに、中華思想の大陸が核恫喝を始めないとも限りません。

そういうときのための核でしょうが、核(抑止)というのは総力戦を防ぐことは出来ても、限定戦争を防ぐことを出来ないのは20世紀が証明する通りなので、どれほどの効果があるかは正直疑問です。
戦術兵器としての核はアメリカも既に全廃しました。
要は「実際には使用できない」兵器なんだってことですが、アジア地域でのバランス・オブ・パワーが取れている状態ならば、中華が変なことをしたら国際社会が黙っていないでしょうからいいんです。が、現在のアメリカのように中国が超大国に発展して、誰も逆らえないような状態になると少しまずい。その時点では既にアメリカの核の傘には穴が開いてぼろぼろになっているはずです。
せめて大陸が民主化すればまだ楽観していられるんですが、かなりの確率で中共は今後も政権を握るでしょうから、やはりかなり不安だと。

実際に核戦争になることと核恫喝に屈するような事態は何としても避ける必要があります。
こっちとしても軍事費負担は少ないに越したことはないのであっちが軍縮してくれれば一番いいのですが、実態はその正逆を進んでいると。
第一第二列島線構想や原潜の領海侵犯の時点でとっくに明らかなことではあるのですが、あの国は人権や民主主義などのこちらの価値観が一切通用しない、一党独裁・言論統制・人権弾圧の超地域覇権国家です。
ならばこちらも冷徹に対処しなければならない。ということで核武装は十分検討の余地があるのですが、代償を考えると見合わないような気がするんですよね。
国内世論、国際世論、費用、軍拡競争の可能性...etcetc

向こうの民主化のための世論工作に打って出るくらいの狡猾さはあってもいいと思うんですが、それが出来ないんだったら、せめて可能性をつぶさないための措置は講じておくべきでしょう。
核武装なんてそんな一年二年で出来るもんじゃないんですから、例えば基礎研究だけはやっておくとか。いざとなった時になるべく短期間で武装できるようにね。
そうならないのがベストですが、生憎、あっちにはそういう意思はないようなので。仕方ないですね。

  • *1 : 小学校のときに何やら平和的な素晴らしい手段だ〜みたいに習った気がする。今思うと恐ろしい……。
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Suicide is the worst case of homicide.

http://www.j-cast.com/2006/10/19003447.html
もうアホかと。そんなこと言う奴がいるから自殺は減らないというのに。
記事タイトル「自殺は殺人の最悪のケース」という言葉をどこかで耳にしたことがあると思うが、この基本的な認識なくしては自殺者を減らすことなどまず不可能。

「社会に出たらもっともっと辛いんだぞ。結果出せなかったら人間としても扱ってもらえないんだぞ。何よりまず食って行かなくてはならないという現実があるんだぞ」

「しかし子供が弱くなったな、親も同様に 教師のあの程度の言動なんて誰もが言うよ んな事でいちいち死んでたら人類滅亡するよ」

こんなことを言っている人間は(勿論釣りだとは思うが)、一体今までに何人を自殺に追い込んできたことやら。
第一、ただ一つの原因でのみ人が死に追いやられることなどないのだから、これを責任問題に帰着させようとすることは、結局のところ単なる責任逃れでしかない。勿論両親にしてもそうだ。

そもそも、小学校の高学年から中学にかけての「友達」を作っていく、また自我が形成されていく時期には、一方で親しい人間同士で群れるようになる傍ら、誰しも、ある(共通の)「価値」に照らし合わせた時に、これに合致しない人間を仲間はずれにしたり、或いは「いじめ」たりするものだ。自分だってそうだった。
それ故に、この年代の子供たちに接する人間には特別の配慮が求められる。それを欠いているのならば、当然教師などやる資格はないし、責められるのは当然だ。
「いじめ」の素質を持たない(持たなかった)人間などいないのだから、まるで他人事のような「社会に出たら云々」なんて台詞は、危機感が全くないばかりか、自殺に追いやられた彼にはまさに凶器に見えることだろう。

物事を丁寧に扱おうとしない。多面的に見ない。強いもの、主流なものに同調して適当に「生きている」ような人間は、当然自らが「生きている」のではなく「生かされている」ことにも気づかないだろうし、ましてや自殺に追いやられた人間の心情などは考えようともしないだろう。
こういった、最早「人間」と呼ぶのも躊躇われるような存在こそ、まさに現代社会に巣食う諸悪の根源である。

ただ、また別の見方をすれば、そういった奴らにも理解できる面があるのは、一方で確かだ。
というのも、現実にこの世界で「生きている」のであれば、当然「逆境」に「耐える」術を自然と身に着けてきたのだろうし、過去に幸運にもいじめの対象になることがなかったのであれば、「未熟」な時期のsensitiveさを体感することもなかっただろう。
知らないのだから仕方がないといえばそれまでだが、とは言え、無知は勿論罪である。
これを後からカバーしようにも、そのために必要な「物事を丁寧に扱う」訓練を受けてこなかったために、自らと関係のないことについては何でも脊髄反射的な言動を取り、またほとぼりが冷めれば、綺麗さっぱり忘れてしまうのだろう。


自分は、いじめたこともあり、いじめられたこともあり、またいじめを傍観していたこともある。
友人を傷つけてしまったことは今でも後悔しているし、いじめられた時にかばってくれた、担任のY先生には今でも感謝している。そして、Y君がいじめられているのを傍観していたときに、「いじめられる方にも原因がある」などと考えていた自分の愚かさには辟易する。
「いじめられる方にも原因がある」などというのは、いじめに立ち会いながらも気づかない振り、知らない振り、関係のない振りをしていた人間の詭弁だ。
いじめは許されることではないが、周囲の適切な指導によって乗り越えることが出来れば、人生の糧にすることだって出来ると信じている。
だからこそ自分は、この事件を耳にしたとき、酷く心が痛んだのだ。

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年金制度について

たまに更新したと思えばこんなネタばっかりですが、今回は表題の通り年金制度についてひらめいたことを書いてみようかと。

巷では5000万件が未納だとかなんとか言ってますが、そんなことばかりに目が行っているようではだめで、ここらで年金制度そのものについて考え直す必要があります。というのも、常識的に考えて合計特殊出生率が1.3やそこらで現在のシステムが維持できるわけがありませんから。出生率が今後劇的に改善するというならまだしも、その見込みは限りなく薄い。なら無理ですよね。

出来ないことを出来るというのは嘘吐きのすることであって、まともな思考回路を持っているなら、多少反発されようとも「年金やめます」と言わなければいけない。それを言わないのは後世にツケを先延ばしすることであって、その「被害」を真っ先に被るのはまさに我々の世代ですよね。

と、「現行の年金制度は維持できない」ということを正直に言うべきだというのがまず第一のポイントでしたが、「もう無理っすwwwwwサーセンwwwww」と言うのは簡単であって、重要なのはその先どうするかということ。考えてませんでしたじゃ済みませんからね。

ここからは私の思いついたプランです。
最終的に国民年金は廃止するということを前提としましょう。一度に廃止すれば現在の給付世代を裏切ることになりますから、まずは任意加入制にして、将来の給付世代の数を減らしていきます。
また預けた金返せという人も多分相当数いると思うんで、その人たちにも現在プールされているところから可能な限り返還します。無理な分は国債みたいな感じで「いつか返しますよ」って感じにしとけばいいでしょう。

更に、現在の給付世代の給付金はカット。後は天下りとか馬鹿なことやってたお偉いさんを取り締まって、今までの退職金etcは返還していただく。多分それだけじゃ足りませんが、何とかして工面。ジェネリック医薬品で数兆円節約できるとか言ってましたが、それこそあらゆる方法を駆使して死に物狂いで工面。それでも足りなきゃ国民に頭下げて少し税率うp。我々の世代にとって、強制加入で収入をどぶに捨てるのと、任意加入になるけど少し税率上がるのでは後者の方がいいに決まってますから。

また、脱会しないで加入し続ける人も勿論いるでしょう。その人たちに給付すべき金は自転車操業的に前の世代の給付に使うのではなく、独自の積立&運用方式にする。んで運用益が出た分+αは現在の受給世代の給付に回す。ここで、払う人と貰う人が受け取る(と予想される額)が同水準になるように調整すると。福祉ってのは水平格差を埋めるのは勿論ですが、垂直格差、つまり世代間格差を埋めるのも重要な役割ですから、別に不公平ってことはないでしょう。

で年月が過ぎれば、少子化の影響もあることですし、当然国民年金の規模は段々小さくなっていくはずです。そうなればいつかは廃止できるような状況になるでしょう。
ただ問題があって、当然若い人ほど加入率が低くなるはずですから、それをどうするかと。最終的には税金で補填ってことになるんでしょうが、まぁその辺は累進的な税を財源にして頂くとして。
そうなってくると、現在働き盛りの世代&我々の世代に負担がのしかかってきますが、今何とかしないと今度は我々の子孫の世代が苦しむわけですから、そういった気概を持って解決しましょうよと。

権利ばかり主張して義務を全うしようとしない頭のおかしい人間が湧いてくることが予想されますが、そういった有象無象は無視する方向で。わがまましか言えないようなおこちゃまに貸す耳なんてないしね。

とはいえ多くの一般の国民は決してリッチな生活をしているわけではないのも事実です。例えばアフリカ諸国なんかに比べれば遥かに高収入なはずの我々がなんで貧しい思いをするかということについて、何かにつけて精神論を振りかざす輩もいるわけですが、そうは言ってもきついことはきつい。そこで赤い宗教がしゃしゃり出てきても良識ある方々には華麗にスルーして頂くとして、はて、ではどうするかと。

まぁ楽々生活できるなんてありえないわけですし、何が幸せかなんてのはそれこそ千差万別ですから、金さえあればいいかというとそういうわけでもない。そんな時我々は、政府にべったり依存しているくせに文句ばっかり言うような人間に甘んじていいのかと。

否、ですね当然。
政府のできることには限りがありますし、やろうとしても所詮お役所仕事です。ただ逆に政府にしか出来ないこともある。ならば、昨今の企業経営のキーワードにもなっている?ことですし、「選択と集中」でやって頂こうと。
具体的には、例えば子供というのは国家の活力の源泉ですから、子供一人当たり所得税を30%減税とか。それでは財政難になるんじゃないかという指摘もあるでしょうが、子供がいればそれだけ消費も増えますし、将来はその子供も大人になって様々な税負担を負ってくれるわけです。なら長期的には釣り合うんじゃないかと。家計から出ていく分が減ればそれだけ税収は減りますが、つまるところそれも一時的だということに尽きるわけで。

後は出産のための環境を確保することが必要ですね。現在医師不足が叫ばれており、特に産科や小児科に至っては危機的な状況です。医者っつったって人間です。一部にはそりゃ強欲な医者もいるでしょう。が、大多数のお医者さんは使命感を持って職務に従事されており、マスゴミあたりが例によって一部だけを取り上げて金の亡者だみたいに言うのは心外も甚だしいというのが本音ではないでしょうか。公務員制度改革でもそうですが、各人が使命感を持って職務に取り組める環境を作るのが最も効果的なはずですよね。

まぁいきなりそう言われても難しいですが、まずはとにかくリスクを減らしてあげること。具体的には医療事故の裁判で医師本人を保護するような政策、例えば損害賠償金を肩代わりしたり、それ以前に、裁判が起きるような事態をそもそも減らすような取り組みの事例(患者との意思疎通を緊密にするような)をピックアップして奨励するとか。

他にも医学部の定員を増やすというのも聞きます。ちょっと検索しても、例えば地元での就職を条件に大学の学費を免除するなんて策を講じているところがあるそうです。

とまぁぐだぐだ書き殴りましたが、ネタじゃなくて「常識的に考える」ってことをしないとまずいんじゃないかってことで。

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久間大臣ktkr

いやぁ俄然面白くなってきました。
久間防衛相の原爆「しょうがない」発言全文

正直「よく言った!」と思います。え、常識的に考えてソ連に占領されてたら、日本なんて今頃「経済大国」どころか思いっきり途上国だった可能性もあるわけでw
戦後日本がこれだけ発展してこれたのは、何を隠そうアメリカが日本を自由主義陣営の一員&戦略的拠点として位置づけてくれていたからであって、まぁ確かに原爆やら民間人==非戦闘員への大規模無差別空襲なんかはやりすぎではあったような気がしますが、しかし、日本が南北分割なんかされて御覧なさい。んで北は共産主義ですよ。んなことになったら、そりゃあんた、原爆がやっと比較になるかならないかくらいの悲劇ですって。
んでまぁ「原爆被害者」やら「某大新聞」やらがこの発言を非難するってことは、要は彼らは「日本はソ連に占領されればよかった」って考えてるというわけでw

というか、アメリカはそもそも日本と戦争する気なんてなかったし。真珠湾を見れば、日本から手を出したなんてことは明らかですから。
そんで勝手に迷惑かけて戦後はさんざん面倒見てもらって、それで原爆は「戦争犯罪」?ハァ?あんたらどんだけ頭悪いんですかwwwみたいな。
確かに核兵器の使用に関して諫めるということは同盟国としては当然の義務ですが、賠償を請求するなんてのは正気の沙汰ではない。
第一日本で使われてなきゃ他国で使われていただけであって、身をもってその「非人道性」を立証して、その後は「非核」でそれなりに食っていける立場にもなったんだから、経過を見ないでそれ単体だけを取り出して非難すべきじゃないよね。

アメリカはその戦略的目的に照らし合わせて、早期にあの戦争を終わらせる必要があると判断した。国家及び国際政治に於ける選択というのは、誤解を避けずに言えば目の前に犠牲者が何人出るかというレベルを超越した問題なんだから、その観点から言えばまさに「しょうがない」に尽きる。
歴史にifはないけれども、もし日本が米ソで分割占領されていれば、それこそ「日本国内」で「拉致」事件なんてのも起きていたかもしれないし、南日本(アメリカによる支配)は常に北(ソ連による支配)の脅威に晒され続けていたことは確実で、「平和」を維持するためには日本人自身が多大な代償を払い続ける必要が生じたであろうということも自明。徴兵制も残っていた可能性は高い(韓国では残っていますよ)。冷戦構造も実際に起こったものとは全く違ったものになっていただろうし、第一朝鮮戦争って知ってます?w日本人同士が殺しあう展開になっていた可能性だってあるんですよ?w
……ということを考えていくと、結果としてアメリカ一国による占領は、現時点までで見れば、総合的には明らかに日本にとっては極めて良かった、運のいいことで、そのための方法としての原爆投下について、日本は、技術的にその方法が最良だったのかということ以外には、ぶっちゃけ物を言う立場になんてない。

まぁこの発言自体に関して、時期とか方法とか言葉遣いとか、そういう技術的な面が正しかったかどうかって話はありますが、言っていること自体は極めて当然。
「歴史を直視する」のは何も対特亜関係だけじゃなく、対米関係についても勿論言えるはずで、最近は特にうやむやになっていますが、むしろこっちの方がウェイトとしては大きくなるはず。だって太平洋戦争は日本とアメリカの戦争だもん。なのに未だに日支戦争〜大東亜戦争に至った本当の原因については誰も知らない。そんなだから他国になめられる。同盟国のはずの米国にもそっぽを向かれる。日本人は歴史を直視し、早くこの幼稚な反米主義から抜け出すべき。

ただ原爆の被害者の方々に対しては、あなたがたが被害を背負ってくれたお陰で今の日本があるのだから、そういう意味では感謝していかなきゃいけない。けれども、それを政治的に利用しようという動きに対しては、良識ある人間として反対し続けなければならない。
これは沖縄なんかの米軍基地の問題についても言えることで、あなたがたが騒音やらなんやらの代償を背負ってくれているお陰で日本は安全なのだから、この点については感謝しなければいけない。が、同様にこれを政治的に利用しようという動きに対しては、警戒し、反対しなければならない。
こういった問題を政治的に利用しようという勢力については問題外として、本当に傷ついたり苦しんでいる人は、むしろその境遇を日本人として誇りに思ってほしい。我々のお陰で日本は今これだけ発展して、また安全なんだと。
国が主に金銭的な面で物理的な補償をしていくのは勿論であるけれども、同時に精神的な面についても、彼らの「偉業」に対して公式に敬意を払っていくべきだと思う。アメリカにしたって戦死した兵士に対しては最大限の敬意を払うということをしているわけで。
んでそういう枠組みで、例えば基地移転に関しても「どうか(政府のためではなく)日本国民のためにご協力をお願いします」ということをしていく必要があるのでは。

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日本の目指す「方向」とは?

参院選に関連してこんな記事が出ていました。
'07参議院選挙 有識者の評価 / 「安全保障」編 倉田秀也氏(杏林大学総合政策学部教授)
'07参議院選挙 有識者の評価 / 「外交」編 栗山 尚一氏(元駐米大使)

二つとも今回の選挙に当たって各党が出してきたmanifestを評価するというところから話を展開しているのですが、両者に共通していることは、憲法改正にしても集団的自衛権行使の容認にしても、これらによって日本は「何がしたい」のかを明確に示すべきだということです。そうしないと他国から疑われてしまうと。
そこで本entryでは日本が目指すべき「方向」について少し考察してみたいと思います。

まず結論から言うと、「国際秩序を作る」なんてことは考えない方がいいし、第一無理だということです。
例えば今、世界に「自由と民主主義を広げる」と言う人がいますが、何故「自由」や「民主主義」がいいのかと言われると答えられる人は少ないと思います。というのも、これらは元々欧米やアメリカから輸入されたものであり、日本は主体的にこれを追求したことはないからです。
アメリカやイギリスには「法の支配」という大原則があり、これに基づいて国家の方向性が定まっています。が、日本の政治にはそういった理論的背景がない。
だから、「自由」とか「民主主義」とかいう方法論だけを追求しても、それ以外の方向性を持つ国を説得し、姿勢を改めさせることはできません。だから例えば「東アジア共同体」を作るなんてことは、技術的にそもそも無理な話ですが、それ以前のレベルで不可能だということです。
これは究極的には価値観の問題であり、異なる二者間で根源的な齟齬を解決することはできません。

すると日本は孤立するしかなくなってしまいますが、逆に考えてみます。国力の有無の違いがあって、これが国際社会での立場に決定的な影響を持つことは事実なのですが、これを無視して数だけで見れば、そういった「秩序」を作れるだけの力がある国はむしろ少数派です。となればそこまでペシミスティックにならなくてもいいのではないか、つまり、現在は言葉にはして(できて)いない、日本が持っているある種の「価値観」に共鳴する国もあるのではないのかと。

ここで言えることとしては、まず何にしても日本が国家として持つべき、または既に持っている「大原則」をきちんと言葉にする必要があるということ。これは一朝一夕ででっち上げられる性質のものではなく、長年の歴史が裏付けする性質のものであって、利己主義的ではなく、かつ大多数の日本人がすでに共有しているはずのものです。これをまず言葉にして掲げ、アングロサクソン流のものではない、日本独自の原則を提示することが必要なのではないかと。

ただここには困難があります。それは、この原則は、その原則自身に基づいた何らかの手段によって、国民を統治することなどに具現化できる性質をもつものである必要がある、ということです。つまり、「なんとなく」そこにあるだけではだめで、これを背景にして各種のルールが自ずと導出できなければならないと。
困難な作業ではありますが、21世紀以降の多極化する世界で生きていくためには絶対に必要なプロセスです。

さて、それでは日本における「原則」とは一体何なのかと考えると、私はそれは「調和」ではないかと思います。
日本人は人付き合いを非常に重視しており、個人間の争いでもなるべく事を穏便に済ませようとします。絶えず微笑を浮かべ、仲が悪くならないように、何とかして集団から疎外されないようにすることに心血を注ぐ。行政にしても関係各部署間の利害を調整し、スムーズに事が運ぶように取り計らう。「調和」を重視することに反対の日本人は殆どいないでしょう。

ではこれをどのようにして政治に反映させていくか、「調和」によって「調和」を実現するためにはどうすればいいかということについてですが、私は現状の制度を全否定する必要はないと思います。上手くいっていないところもありますが、日本における民主主義は一応成立していますから。

しかし変えた方がいいと思うところもあります。
日本人は自分の身の回りのことについては極めて理性的に振舞いますが、国家とかいうレベルになると全く無責任になります。だから「とりあえず謝っておけばいい」なんてことになるわけですが、それでは良くないので、国家とはどういうものなのかという教育をしていくべきです。
ですが、それでもやはりこの傾向は変わらないでしょうから、今の県でも道州制を導入してその上ででもいいですが、社会保障とか必ずしも国が直接やる必要のない事業で、かつ民間の利益追求がなじまないような分野はそっちに委譲させる。国には安全保障や外交、県間・道州間での収入差調整など、国でなければ絶対に出来ないような物事のみを取り扱ってもらう。
これは歳出、不要出費の削減にも有効ですし、内政上の問題で政権が傾いて国家の姿勢が不安定になるといった事態を避けることができます。また、行政府が小さくなることで身軽になって積極的な政策がやりやすくなったり、風通しも良くなります。
デメリットとしては地方の独立傾向が強まってしまうことが挙げられます。特に日本では特定の勢力の工作活動が酷いので、地方が乗っ取られてしまうという事態が懸念されます。なので地方の権限は必要最小限に制限し、予算の重要なところを握っておくなどが必要でしょう。

「調和」の話に戻りますが、ではこれが通用しない相手と相対した時はどうするか。具体的には中国や韓国などの儒教の国が挙げられますが、これらに対して甘い対応をすると過去の二の舞になる。そこで、当然のことですが、外交では「国益の追求」という観点から物事を判断していくべきでしょう。
具体的には、取ろうとする外交政策を

  1. 日本に富をもたらすか。
  2. 日本の安全保障上、有効であるか。
  3. 国際法に合致しているか。
  4. 国際社会で日本のプレゼンスを高めることができるか。
  5. の4点に照らし合わせて判断することです。いくら「調和」を言っても通用しない相手には通用しないし、無理やり「改宗」させるだけの力もないので、日本の国益に合致すればよいと割り切ってしまいます。そうすれば後世に余計な負の遺産を残さないで済みます。

では対米関係はどうなのか。アメリカと日本の「価値」は、方向性が違っていますが、アメリカとの同盟を強化すれば(1)日本に富をもたらし、(2)中国やロシア、北朝鮮の脅威に対抗する上で、安全保障上極めて有効であり、(3)国際法的には何の問題もなく、(4)アメリカを味方に取り込めば日本の国際的立場も向上します。よって日米同盟は強化すべしということになります。但し、勿論、日米同盟があるから日本はアメリカの参加する戦争になんでも参加しなければならないということではなくて、アメリカとの「付き合い」と先の4点を検討し、個別に判断していくべきです。

それでは逆に「中国と同盟を結ぶ」ということについて、4点から考察してみます。
まず(1)ですが、中国と良好な関係が築ければ日本には経済的利益はあることはあります。が、知的財産権の侵害、環境問題、現地の人間を雇用する上での問題、更には中国共産党の一党支配における制度の不透明さを踏まえれば、長期の利益が望めるかどうかというと怪しいです。
(2)について、中国は現在、アメリカに対抗する覇権国家を建設しようと躍起になっています。周知のように、中国は日本を狙う核ミサイルを大量に配備しており、とても日本の安全保障にプラスになるとは思えません。同盟を結ぼうものなら中国の覇権主義的政策に組み入れられてアメリカと戦わされる羽目になるのは一目瞭然です。
(3)ですが、中国は国際法を無視する国で、そんな国と同盟を結ぼうものなら日本もその一員とみなされてしまうでしょう。
最後の(4)について、ダルフール問題にも見られるように、中国には人権という概念がありません。一方欧米諸国は人権を非常に重視しており、日本が中国の傘に入れば当然同族とみなされ、対立することになってしまいます。また、現在までの同盟国である米国との関係も今までにないほど悪化するでしょう。
…という流れで「中国と同盟を結ぶ」のは国益に反することが明らかになるわけです。

まとめますと、結局「憲法改正」や「集団的自衛権の行使の容認」はあくまで手段でしかなく、それらによって日本が国家として何を目指していくかということが本来の問題であり、日本はまずその点を明らかにしていくべきです。そこで日本が守っていくべき価値は「調和」であり、この価値を共有できる国とは同盟し、そうでない国と相対するときは、我が国の国益に合致するかどうかを4つの視点を軸にして判断することが必要……ということになります。

ただこれを達成するには十分な時間が必要です。けれども日本には時間がない。だから、こういった議論は本来は必要だけれども、とにかく差し迫った危機に対抗するために、今しなければならないことをやっていくしかないのではないでしょうか。
これから世界は不安定な時代に入っていきます。このままだともう一度世界大戦ということになるかもしれません。「命あっての物種」ですから、議論が多少疎かになろうとも、まずは身を守ることに全力を注ぐしかないと思います。

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安倍さんお疲れ様でした

本日、安倍晋三首相が退陣の意向を固めました。http://www.sankei.co.jp/seiji/shusho/070912/shs070912001.htm

早速「ネット言論界」(笑)では、「無責任」だの「わがまま」だのという「論調」が出てきておりまして、嘆かわしい限りです。
「常識的に」考えましょう。総理にまでなったほどの人間が、続投を表明して施政方針演説を終えた直後に、「わがまま」でいきなり退陣しようなんて考えるでしょうか?緊急会見では「私が職についていることが障害になっている」ことを理由としていましたが、その裏に「何かある」と考えるのが普通の感覚でしょう。

与謝野官房長官や麻生幹事長は「健康上の理由」を挙げていましたが、やはりこれが大きいのではないかと思います。
首相ったって人間です。私の感覚では、アレだけ盛大に叩かれて平然としていられる方がむしろ不気味です。
逃げたくなるような場面は数多くありましたが、安倍さんはそこで逃げなかった。これからも踏ん張って行きたかったというのが本音でしょうが、やはり一人の人間ですから「健康上の問題」には勝てません。ここで無理をして心身を喪失するようなことになれば、日本国に迷惑がかかると、恐らくそういう意志で決断されたことだと思います。

今までの安倍政権を振り返ったとき、果たして本当に内閣が総辞職するに足るような「重大な失政」があったでしょうか?
「政治と金」などの本質的でない(≒どうでもいい)問題や閣僚の不祥事で叩かれるのは、安倍さんにとって非常に不本意であったに違いありません。
確かに金に関してはきちっとしなきゃいけないですし、総理大臣には人事力も必要だってのは正論ではありますが、一人の政治家を見る時にはもっと重要な視点があるのでは?

ミスリードして騒ぎ立てたマスゴミ、及びそれに吊られた国民は万死に値すると言っても過言ではないでしょう。そういうのがいるから日本は良くならない。
とは言え国民の中では「戦後レジームの何が悪いのか」についてきちんと理解している人はむしろ少数派で、大多数は目の前の生活しか見えないのだから、逆にリーダーは「よく分からないけどこの人に任せておけば大丈夫そう」ってイメージを演出するのも現実的なやり方として必要ではあるんですけどね。

志半ばで職を辞すことが悔しくないはずはありません。私は安倍首相の「成果」を評価しています。一日本国民として、今までよくやってきたとエールを贈りたい。ゆっくり休んで、出来ればまた国政の場に復帰してください。今までありがとう!

(追記)
例の佐藤守氏のblogのエントリが面白かったのでTBせずに紹介してみる。
http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20070912/1189610175
なるほど。目を見れば分ると。流石ですね。ただ「敵前逃亡」とか「虚弱」ってのは違うんじゃないかと……。

# 『戦後の日本人男性は「虚弱」になった』かどうかにはちょっと興味がありますがひとまず置いといて。

この部分を書いている時点で 2007/09/13 01:45 までのコメントを読みましたが、特に、

じょしゅ 『敵前逃亡もなにも国民ちゃん自身が明けても暮れても背後から銃撃を浴びせているのですから無理はないです。

我々は安倍さんの通してくれた重要法案や安全保障を大切にしなければなりません。

政治意識の低い愚かな国民ちゃんには安倍さんを総理に迎えること自体が分不相応だったのでしょう。

今日は十年後に「その時歴史が動いた」に取り上げられる日なのかもしれません。』 (2007/09/13 01:45)

というコメントの示唆は中々面白いなぁと。

# これ以降に変なコメントが付くかもしれないが、上の記述はその時点までの内容についてのものなので悪しからず。

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麻生首相はなぜ叩かれるのか

忘れないようにまとめておきます。

まず現時点まで。
from http://2chcopipe.blog122.fc2.com/blog-entry-2894.html

86 名前: らっきょう(京都府)[sage] 投稿日:2008/12/02(火) 20:27:41.58 ID:fwoTPW60

【麻生が首相になってやったもの】

・一次補正(済み)

・金融機能強化法案関連(野党の参議院待ち)

・日本領海拡大(済み)

・国連演説

・ワープアを正社員にした場合の補助

・テロ特措(野党の参議院待ち)

・派遣法改正(野党の参議院待ち)

・IMFへ外貨準備高から10兆円貸し出し

(民主はなぜかこのドル不安の中で準備高削ってドル売り宣言)

・二国間の経済支援要請をすべて拒否、今のところアイスランドと韓国×

(民主IMF批判してたが、なぜか特定国への2国間支援表明)

・ASEAN+3の通貨スワップ拡大を話していくことで合意、つまり韓国支援なし

・空売り、市場監視等強化

・政府が銀行のマネーロンダリングへの対応の甘さを指摘

 その翌日から、数件の経済ヤクザの逮捕

・G7での行動指針採択

・G20にて金融市場の透明化で共同合意

・日印安全保障協力共同宣言

 (民主小沢寝不足の為、シン首相との会談キャンセル

  <翌日青森で選挙の為の演説は実施>)

【安倍政権で行われ福田政権で止まっていたガサ入れ再スタート】

・朝鮮総連強制捜査(数十年脱税疑惑があったが放置されてきた在日商工会にメス)

・アーレフのガサ入れ

・革マル派の活動家ら11人逮捕

・大麻や麻薬等の摘発が増加 動いているのは厚生省の麻薬取締課、通称マトリ

【福田改造内閣幹事長時代】

・増税再建内閣に経済対策を持ち込む

・中小企業への銀行貸し出しに政府保証を入れる救済策(済み)

93 名前: 大阪白菜(群馬県)[] 投稿日:2008/12/02(火) 20:31:37.45 ID:vdJPnYK9

86

その間にぶらさがり記者連中のやったこと

・ホテルのバーの値段を調べる

・カップラーメンの値段を調べる

・解散を煽る記事を書く(新聞社が軒並み赤字のため、選挙広告費目当てで)

これだけ。まさにマスゴミ

IMFについて、某blogに私がコメントした(が消されたw)やつ

(1)

例の「10兆円」は税金ではありません。

あれは円売りドル買い介入で買いこんだドルで、その費用は政府が発行する債券で賄われています。つまり税金ではありません。借金です。

(2)

「10兆円」を国内に回すことはできません。

1000億USDを日本円に両替したら、今までの比ではない円高が起き、経済が混乱します。また、円が上がるのが分かるわけですから、ヘッジファンドなどが寄ってくることでしょう。

(3)

日本にはドルを支えないといけない事情があります。

それは、「10兆円」の出所である外為特別会計の資産が主に米国債で運用されているからです。ドルが暴落すれば資産が暴落し、(短期的)国益に適いません。

(4)

日本政府は外貨準備を減らそうとしています。

莫大な外貨準備を保有するということは、ドルが暴落するリスクをそのまま背負うわけです。中長期的には適正な水準まで減らす必要があるでしょう。

(5)

今回のIMF支援は「使えない」金の使い道として最適です。

アメリカに恩が売れ、IMFでの発言権が増し、更にIMFの融資条件の緩和を要請しましたから、新興国にも恩を売ることができます。何より、国がつぶれるという事態を回避することは、その国の住民だけではなく世界経済の安定に資することです。

(6)

貸した金はまず返ってくると思っていいでしょう。

IMFは厳しい取り立てを行うことで「悪名高い」ほどの組織です。厳しすぎてIMFには逆に金が余っている始末です。融資条件の緩和を要請しましたが、それは融資先の国に、従来のような画一的な「構造改革」を押し付けるのではなく、より柔軟な立て直し政策をとるべきだという話です。

(7)

融資すれば、IMFでの発言権を得る端緒になります。

別に現在の状態がベストだと思っているのではなく、日本としても勿論IMFでの発言権を得ようとするからこそ、融資をすることにしたのでしょう。

いきなり「ぶっ壊す」以外に、ソフトランディングする方法はいくらでもあるでしょう。

なぜマスゴミは麻生政権を叩くのか?

http://naigai.cside6.com/kiji/tokyokouen/asou.t.htm
より引用

... もう1点、考えてもらいたいことがある。それは広告税だ。広告費は無税であり経費で落ちる。交際費は100%課税されるが、広告費はゼロ。だが、両方とも営業行為にかわりはない。私は、広告費も交際費も、両方一律10%の課税が正しいと思っている。100万円飲んだら10万円は課税対象。実効税率50%として(税金は)5万円。同じく広告費も1億円出せば、それに対して課税は1000万円の半分、500万円。過去にこの話は全部つぶされたが、広告費をたくさん使っている企業に交際費とセットにして話を持ち込んだら、もれなく異論はなかった。 ...

マスゴミの窮状については
http://blogs.yahoo.co.jp/takaakimitsuhashi/20628659.html
を参照。

また「週刊ダイヤモンド」12/6日号は、メディア(新聞+テレビ)の不況について詳しくレポートしています。
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=20241120608

地デジについて。

テレビ離れが進む中、2011年にデジタル放送へ完全移行し、アナログ放送が止まってしまえばどうなるだろう。

デジタル放送を見るにはテレビを買い替えるだけではだめ(=チューナーを配るだけではだめ)で、場合によってはアンテナの立て直しも必要。そこまでしてでもテレビが見たいと言ってくれる人間が、果たしてどれだけいるのだろうか?

地デジ対応機材の出費もかさんでいるというのに…。

マスゴミを兵糧攻め中。

なぜマスゴミは定額給付金を叩くのか?

http://blogs.yahoo.co.jp/takaakimitsuhashi/21341189.html
より引用

亀レスだけど定額給付金について。

小沢が政権取る前にいわゆる「埋蔵金」を枯渇させるのが目的。実行して効果があるなら良し、なくても小沢政権にダメージ。民主党の党約の運営・韓国への朝貢の資金がなくなれば政権寿命が縮まるのは明白。それ故にマスコミ各社は実行を一生懸命阻もうとしている。もともと税金なんだから国民に返ってくれば総和は変わらないが、韓国に流れるのは阻止しなければならない。

2008/12/10(水) 午前 9:52 [ 水曜日 ]

民主党の経済対策(笑)は
http://blogs.yahoo.co.jp/takaakimitsuhashi/20736859.html
を参照。

民主の親玉のSouth Koreaは
http://toanews.info/
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=teconomy&nid=3815942&tab=five
こんな状態。

三橋氏のblog「新世紀のビッグブラザーへ」でも何度か取り上げられています。
http://blogs.yahoo.co.jp/takaakimitsuhashi/21065522.html
などを参照。

民主は、解散&総選挙で先走りすぎたせいで、金欠状態。
http://tamtam.livedoor.biz/archives/51077713.html

「解散する!」と見せかけて民主&South Koreaを兵糧攻め中。

まとめ

時間が経てば経つほど麻生さんは強くなる!

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定額給付金の混乱〜「世論」って?

以下は私があるblogの記事に対するコメントとして書いたものです。
超長文になってしまいましたので、そちらのコメント欄ではなくてこちらに掲載します。


[要旨]
「世論調査」は単なる人気投票に過ぎず、意味はない。政府はこのような数字に一喜一憂するのではなく、信じる政策を粛々と実行すべきである。
また、マスコミが麻生内閣を叩かないことはあり得ないのだから、同様に無視するべきである。


定額給付金には二つの側面があります。一つは経済対策で、もう一つは個人に対する緊急避難的な経済支援です。

前者の、消費拡大を目的とした経済対策という側面を考えれば、まず額が足りません。一人当たり1.2万円なんてケチくさいことを言わず、やるなら一人10万円くらい出すべきでしょう。
また、給付金ではなくて、期限付きの割引クーポン方式にするといったやり方の方が効率が良いでしょう。しかし、すると後者の目的が果たせなくなります。

ところが、後者にしても、あちこちから反対されたせいで迅速性を欠いてしまい、効果のほどは「微妙」といったところです。

さて、そもそも定額給付金は、当初は定率減税の復活でした。これは公明党によるサラリーマン層対策ですが、これだと所得税を納めている人に対してしか減税になりません。本当に困っているのは所得税も払えないような貧困層だろうということで、定率ではなく定額の給付金にしようと言い出したことから混乱が始まったのは記憶に新しいところです。

ねじれ国会の下(※ねじれを生んだのは国民自身の判断だということをお忘れなく)、あまり尖ったことをしようとすれば、野党は勿論、官僚、日教組、マスコミ、…、あらゆる勢力から袋叩きにされ、政権は持ちません。給付金の額も、本音を言えばもっと増やしたかったところでしょうが、歳出を増やすということは財務省と正面衝突するということです。
どうしても安全運転志向にならざるを得ない中にあって、公明党の宣伝不足は致命的でした。普通に考えれば、お金をもらえるのが嬉しくない人はいないはずですからね。

このように両手両足を縛られている中での定額給付金「狂想曲」だったと私は認識しております。民主党支持者の方ならば、ここで「政権にしがみつかずに解散しろ!」と仰るところでしょうが、よく考えれば、定額給付金は「無駄遣い」にはなり得ません。また、弱者救済という方向性自体は間違っていないと思います。

100年に一度の経済危機に当たっては、本来ならば野党も与党も一致団結して乗り切っていかなければならないはずです。ところが、野党は常に政局第一で、政府の足を引っ張り続けました。そしてマスコミがそれに加担した結果、本来はあった効果もなくなってしまいました。
再度強調しますが、官僚政治の打破を目標とし、国家公務員法の改正などを行った安倍元首相を引きずり降ろし、官僚の保護を選択したのは他ならぬ国民自身です。安倍内閣の「支持率」はおいくつでしたか?

勿論こんなものは国民の意思・世論ではありませんよね。大多数の国民にしてみれば「こんなはずじゃなかった」といったところでしょう:一方で公務員を叩きながら、もう一方で安倍内閣を叩くというのは矛盾しています。即ち、特定の政治勢力の主張を垂れ流しにするマスメディアによる「世論」は信用ならないのです。

技術的な問題もあります。例えば「あなたは定額給付金に反対ですね?」という質問だった場合、特に意見がない人はYesと答えるでしょう。こうした点で、外部機関によるチェックを受けているわけではありません。


追記です。今ちょっとRDD方式に関連して調べましたところ、面白いデータが出てきました。
総務省の発表 http://www.soumu.go.jp/s-news/2008/080530_8.html によると、平成20年3月時点で、固定電話の加入数が5123.2万、IP電話が1753.5万、携帯電話が10733.9万らしいです。
世論調査で使われるRDD方式では、後ろの二つには電話はかかってきません……w

さて、これってどういうことでしょうね?私にはよくわからないなァ(棒


故に、「世論調査」は信用してはいけないのです。

また仮に、百歩譲ってその数字が正確に民意を反映していたとしましょう。それでも「世論調査」でいい数字が出るような政治をするというのは、他ならぬポピュリズム、大衆迎合政治であって、政治家はこれを厳に慎まなくてはならないと思います。

勘違いしてはならないのは、我々有権者は、決して特定の政策の実現のために政治家を選んでいるのではないのです;民衆は外交・安全保障より内政を重視しますし、時に短絡的です。今後数年だけではなくて、十年、百年と、文字通り「国家百年の計」を立てるのは一般国民には不可能でしょう。

つまり「世論調査・支持率調査はあくまでも人気投票であって、それで国家が混乱したり揺らぐようなことがあってはいけない」ということです。定額給付金なんて粛々とやってればいい話だったんです。

不必要に問題を大きくし、混乱を拡大させたのは……さて、ここまで来れば分かりますよね。

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