"ToHeart2" Side Story for M.Komaki part.1





「うーん…」
『どうしたの?たかあきくん?』
「いや、さすがに文芸部でクラス委員長で図書委員っていうのはきついよなぁと」
『?何の話?』
「書庫さ」
『あっ…』
「いくら使う人が少ないといっても、前よりは人の出入りが増えるだろうし」
『……そうだよね。作業終わっちゃったんだよね』
「もうあそこじゃゆっくりできないよな」
「『うーん…』」

俺たちは悩んでいた。

「愛佳が図書委員になれば、あるいは書庫担当みたいなのになれるかもしれないけど」
『もうあそこにいる理由ないんだよね』
「よく考えれば、今まで何のお咎めもなかったのが不思議というか」
『食べ物の持込ってあんまりよくないんだよね…、本当は』
「大した問題にならなかった、というか黙認されてたのはやっぱり愛佳だからこそなんだろうね」
『そ、そんなことないよ〜』

まだ自分に自信がないらしい。急には変われないけど、心の荷も下りたから、これから次第に自信もついてくるだろう。
……お咎めを受けないことに自信を持つのがいいことかは別にして。

『たかあきくん、帰宅部だよね。何か部活入ってみたら?』

今まで迷惑だったよね――などとは言わない。言葉の端っこに、愛佳が少しずつではあるが変わりつつあることが見え隠れする。
――迷惑なんかではなかった。二人で確認した事実を、彼女は今信じている。
……しかし、肝心なところが抜けているのが愛佳らしい。

「でも文芸部はちょっと…」
『?文芸部?』
「いや、部活」
『え、どうして?』

ふむ。愛佳ったら俺が放課後暇になって困ってるのだと思ってるのか。

『部活は、やりたいことをやるのが一番だよ』
「……愛佳」
『はい?』
「俺が今何を悩んでるのか、当ててみて」
『え、だから、たかあきくん、作業終わって放課後暇になって困ってるんでしょ?』
「あ〜〜、それもあるんだけどさ」
『違うの?』
「いや、その、なんだ。……作業終わったら、放課後愛佳と一緒にいられなくなるからさ」
『あっ』

ぼっ、と顔に火がつく。

『えっと、その』
「すっごく楽しかったからさ、終わっちゃうと何か寂しくて」
『…うん、私も……』

少し顔をうつむけて視線をずらす動作。
連載漫画もTVドラマも、最終回はどれも同じように物寂しいけれど、今は作業とともに二人の楽しい時間が永遠に 終わってしまうのではないかという不安が、何よりも重かった。

「どうしたものかなぁ…」
『そうだね…』

一日の終わりを告げる橙色。二人きりの教室を満たす鮮やかな光。一目見ればとても綺麗なそれも、 言ってみれば世界中に
「終わり」が満ちてるってことでもあるんだ。

「文芸部ってさ」
『え?』
「どういう活動してるのかな」
『えっと、例えばこないだみたいに新聞の記事を書いたり。私はいろんな本を 読んで感想文を書いてるんだ』
「あ〜、やっぱりそういうのか・・・」
『と言っても、私はここしばらく書庫に付きっ切りだったから、結構さぼっちゃってるんだけどね』
「そういうの、甘いの?」

体育会系で厳しいところなら、さぼったら即退部みたいな雰囲気のところがある。

『いや、見逃してもらってるんだ。文芸部って図書委員会とつながり深いから』
「図書室の本を読んでるからか」
『そゆこと』
「これもやっぱり愛佳の人徳かな?」
『だ、だからそんなことないってば〜』
「じゃあ愛佳じゃなくても見逃してくれたかな」
『…………そういうの、違うと思うんだ。ただ私が私に出来ることをお手伝いしてて、 みんなもそれを認めてくれてただけなんだよ』

愛佳らしい答えだ。――自分は特別でも何でもなく、ただ誰かのために何かをしていた。
……結局はそれが愛佳自身に必要なことだったわけだけど。

「愛佳さ、もうちょっと図々しくなってもいいんじゃないかな」
『たかあきくん』
「なに?」
『あのね、私、みんなの気持ちを勘違いしちゃいけないと思うんだ。 確かに、私がしたことをみんなが喜んでくれるのは嬉しいけど、 多分それで十分なんじゃないかな』

「……」
『みんなの気持ちに自惚れるような人、私は好きじゃない』

控えめで、誰の力にでもなってあげて、それで優しくて。
そんな女のコだからこそみんなに好かれる。
俺も愛佳のそんなところを好きになった。――いや違う、こんな愛佳を、自分のことをまるで考えていない 愛佳が心配だったのかも しれない。
少し自信をつけて、それで今度は自分自身の幸せを考えてもらいたかったんだけど……ちょっとずれてしまったみたいだ。

「……ごめん」
『え、た、たかあきくんが謝ることじゃないよ』
「いや謝らせてくれ。俺は別に愛佳のことをそんな人だと思ってたわけじゃないんだ。ただ…」

人が幸せになるところを見ているだけで幸せになれるのだろうか。
自分もそのぬくもりを抱きしめてみたいとは、幸せに包まれてみたいとは思わないんだろうか。
……俺はそんな風になれそうになかった。

ぽふ。

「っ!」

謝ろうと下げた頭を愛佳に抱きしめられる。
――あの時とは逆だ。

『たかあきくん』
「ま、愛佳?」
『分かってる。伝わってるよ?』
「な、何が?」
『たかあきくん、私のこと心配してくれてるんだよね。私ったらこんな風だから、 たかあきくんにいつも心配かけちゃう』
「……」
『私はいいの。もう分かったから。……みんなが私に感謝してくれてるんだってこと。 すごく嬉しいんだよ。すごく……』
『みんなが幸せになる姿を見てるとね、何だか私まで幸せになってくる気がするの』
『それでいいんだ。私はね。』
「……」
『だけど本当は、そんなことより……』

とくん。とくん。
抱きしめられた愛佳の胸から、優しく、染みるように伝わってくる、生きている証。
とても落ち着いていて、まるで母さんに抱かれているような懐かしさを抱かせる。
それは、心の荷物を降ろした今、愛佳がとても満たされているということを、驚くほど自然に信じさせた。

『それよりね、私は、そ、その……』

急にどもり始める愛佳。
こういうときの愛佳はすごく可愛い。こう言っちゃ悪いんだけど、困らせたくなるんだよな。

『私はっ、たかあきくんがいてくれるだけで、』

すぅー
大きく一呼吸。それから少し落ち着いた口調で

『たかあきくんが心配してくれるのもすごく嬉しい。 ……私はね、たかあきくんがそばにいてくれるだけで幸せだから』
『だから、心配しないで。その代わりに一つだけ、』
「……ずっとそばに、か?」
『……うん』
「ああ、約束するよ……」

そうか、両親に殆ど構ってもらえなかった愛佳は、……

『あ、ありがとっ…』

更に強く抱きしめられる。
そうだよな、俺がこいつを愛してやらなくちゃ。
そうと決まれば。





『ふぅ』

そっと絡まった腕が解かれる。
ふわっと香る女のコの匂い。
陽は先ほどよりも傾き、坂の向こうでより紅く燃えている。

「愛佳」
『なぁに?』
「探してみようか。もう一度二人で熱中できること」
『……うん』

小さく頷く瞳にはもはや先ほどまでの不安や寂しさはなく、澄んだそこには希望や喜びや信頼や、 そんなものが少しずつ 混じりあっていた。

「そろそろ帰るか」
『うん』





かえりみち。いつものように他愛のない話に花を咲かせる、明日へ続く坂道。

『そういえば、たかあきくんの親御さんってまだ帰ってこないの?』
「ああ。昨日かかってきた電話によると、まだかかるらしい」
『そうなんだ。えっと、ご飯とかはどうしてるの?』
「自炊」
『へぇ〜。自炊してるんだ』
「……たまにな」
『たかあきくん……。ということはそれ以外の日は?』
「あ、ああ。コンビニ弁当とかカップ麺とか……」
『だめだよ。そんなんじゃ』
「よく言われます…」
『うーん…、あ、そうだ』
「どうした?」
『あのね、今日はお母さんたち帰ってこないんだ』
「え?」
『郁乃の快復を親戚のおじさんやおばさんに知らせに行くんだって』
「ああ、ヤツか」
『たーかーあーきーくーん?』
「いやいや、悪い悪い」
『もう。あ、それでね。今日たかあきくんにご飯作ってあげようかなって』
「まじ?」
『まじです』
「愛佳がそういうなら、じゃあお願いしようかな」
『うんうん。じゃあ早速…』

分かれ道を俺の家の方に歩き出そうとする。

「あ、ちょっと待てよ」
『?どうしたの?』
「いや、最後に自炊したの結構前だから、家に材料殆どないや」
『そっか、じゃあ』
「ああ、買いに行かないと。スーパーはあっちだな」

愛佳の手をとって歩き出す。訓練じゃなくて、本番の。

『あっ』
「さ、さっさと行こうぜ」
『う、うん…』

まだ少し照れるけど、俺たちは……

って、ちょっと待てよ。
恋人同士が手をつないで、それで片方の家に……。
しかもその家には誰もいない。これって…

「っ!」

思わず手を離してしまう。

『?どうしたの?急に』
「い、いや、あの、愛佳俺の家に来るって…」
『うん。ご飯作りに……。――あっ!』

気づいたようだ。愛佳ったらいつもちょっとしてから気づくんだよな。

『ああああ、その、えーっと、その、べ、別にそういう意味じゃなくて』
「……」
『ち、違うんだってばぁ。あ、あの、その、でも別にそのたかあきくんならいいんだけど、 でもまだ私たち高校生だし、 それに心の準備ってものが……』
「…………愛佳」
『はいっ!』
「………………とりあえず買い物済ませようか」
『あ、え、うん……』

…………俺、大丈夫かな……。