"ToHeart2" Side Story for M.Komaki & I.Komaki part.2





キーンコーンカーンコーン……

丘の上から街によく響く、使い古された音色でもって本日の授業が全て終了する。
あるクラスは光の速さで、あるクラスは適当に、またあるクラスは担任の怠慢で数十分後に、それぞれのHRを終える。
と共に、昇降口から散発的に生徒が出てくる。
そして、

「ん?来たかな?」
『ん〜、あ、来た来た。お〜〜い、郁乃ー!』

6月下旬の午後。勤勉な担任に恵まれた河野貴明と小牧愛佳は正門近くの木陰で待機し、愛佳の妹である小牧郁乃の帰還を待っていた。
そこに現れた郁乃嬢は、二人(主に愛佳)の能天気な、かつ大きな声に驚き、周りをきょろきょろと見回すと全速力で走ってきた。

〔くっ、はぁ……はぁ、ま、まったく、叫ばないでって言ったのに……〕
『ん〜?』
〔わ、忘れたの?〕
『あぁ〜。そういえばそうだったかもね〜』
〔お、お姉ちゃん……〕
「こりゃまた随分と息切れしとるな、郁乃さんや」
〔くっ!また、また、コイツが一緒なのね……〕
『もう郁乃?「コイツ」なんて言っちゃだめでしょ?』
〔へっ、こんなの「コイツ」で十分よっ!〕
「って、「物」扱いですか」
『だ〜め。一応先輩でもあるんだからね?たかあきくんは』
「一応、……一応なのか、そうか……」
『あぁあぁあぁああぁ、そ、そういう意味じゃなくて、、えぇっと、だから、その、違うんだってばぁ』
「ああ、分かってるさ……」
〔なに黄昏てんの?コイツ〕
『ごめんっっ!たかあきくん!!』
「いいっていいって。
「それよりさ、今日はどうする?」
『うーん、そうね。郁乃?なんか希望はある?』
〔うーん、そうねぇー……。〕
〔って、うわぁっ!〕

どこかで耳にしたような間延びした悲鳴を上げて、郁乃の体がバランスを崩す。

〔お、っととっ〕
『え、わ、っと。』
『い、郁乃!?大丈夫?』
〔ん、大丈夫、大丈夫。〕
〔さっきちょっと走っちゃったから。ちょっと、くらって来ただけよ〕
『ふぅ〜〜〜〜。も〜、心配させないでよぉ』
〔あ、そ、その……。ごめん〕
「まだ完全には回復したわけではないか」
〔む〜〜〜〕
『やっぱり、まだあんまり無理しちゃだめよね』
「そうだなぁ……となると。」
「今日はじゃあ公園にでも行ってみるか?」
『公園?』
「そう、公園。」
「ほら、この街って意外と公園多いだろ?」
「人の多いところとか、ちょっと歩くところはまだ早そうだしな」
〔むぅ〜〕
『そうね。それがいいかもね。』
『……』

少し俯く仕草をする愛佳。
その心は、……。

〔お姉ちゃん、お姉ちゃん〕
『え、あ、な、何?郁乃』
〔暗い話題はよそうよ。さっきはちょっとしくじっちゃったけど、ほら、もうこの通り学校だって通えるんだし〕
『そ、そうだよね。もう治ったんだもんね』
〔そゆこと。〕
〔さ、ほら、公園に行くんでしょ?言いだしっぺが案内しなさいよ〕
「ああ。それじゃとりあえず、ここから一番近いところにでも」

………

〔ほ〜〕

数分歩いた後、目的の公園につく。
敷地は多少小さいのだが、基本的な遊具は揃っている。

それに何より、敷地をぐるっと取り囲む並木と、丁度木陰に入るように設置されたベンチがここの特長と言えば特長だ。
子供の頃はベンチなんて殆ど興味もわかなかった代物だが、今この状況にあっては、そういった「安らぎ」のスペースが有難い。

〔結構綺麗なところね〕
「おうよ。公園とか木が多いのがこの街の売り文句らしいからな。当然と言えば当然だが」
『ん〜っと、とりあえずどっか座りましょ』

と、手近なベンチを探して、三人腰掛ける。

〔あら、ベンチが丁度木陰に入ってるなんて、結構気が利くのね〕

『風も気持ちいいし。公園でのんびりすることなんてあんまりないんだよねぇ〜』
「そうだなぁ。昔は、この街にある公園全体でかくれんぼ〜とかやってたから、 来ることはちょくちょくあったんだが。」
「ガキの頃はくたびれるまで遊びまくって、のんびりしている暇なんてなかったからな」
〔ふぅ〜ん……〕

郁乃は、……。

『私はあんまり外に出なかったなぁ』
〔お姉ちゃん……〕
『ん?』
〔その、……ごめん〕
『いいよいいよ。可愛い妹ですもの。心配して当然だよ』
〔ありがと、お姉ちゃん……〕
「ふむ……」

そして会話が途切れる。
葉ずれの音が響く。きゃっ、きゃっとはしゃぐ子供たちの歓声。さわさわと頬を撫でる風。穏やかな空気に包まれる。





「く、くか〜〜」
〔んぅ〜、すぴ〜〕
『んぅ、んん、むにゃ……』
「く、か、……。……んぁ?」
〔すぅ〜、んむ……〕
『んむ、すや、すや』

「……あ〜、って、やばい。寝ちまってた……。」
「って、お〜〜い……」

隣には、気持ちよさそうな寝息を立てる二人が。

「お〜〜い、無用心だぞ〜〜」
〔くか、かっ、っく、すぅ〕
『んむ、むにゃ、すぴー……』
「あ〜ぁ、気持ちよさそうに寝ちゃってからに……。
「うーむ、それにしても似てるなぁ、この二人。まじでそっくりだ」
〔すぅ、すぅ……〕
「例えばこの辺りとか……」

と、寝てる郁乃の頬をつつく。

〔んぅ、んんっ、……くか〜〕

そんで今度は愛佳の。

『んぅう、んむ、んん。……すぴ〜』

まぁ、これだけ熟睡してれば起きるはずもないか。

「どんな奴でも寝顔は天使、なんて言うが……。」
「こういうの見てると、昔の人も上手いこと言ったというか」

なんつうか、その、……あんまり認めたくないんだが、……可愛い。
愛佳の寝顔は何度か見ているんだが、ん〜、こっちもなんつか、癒されるっていうか。

「あ〜あ。でも寝てる間に財布パクられでもしたら洒落にならんしなぁ。」
「……起きちまったのが運の尽き、か」
〔むぅ、むにゃむにゃ〕
「あ、こいつよだれが……」

ズボンのポケットからハンカチを出して拭ってやる。

「……言ってることは果てしなく生意気なんだが……」
〔すぅ、すぅ……〕
「こーして見ると、まだまだ子供だな」
『んむ、んふふっ、すぅ……』
「幸せそうに寝ちゃって……。どんな夢見てるんだよ」

なんか、無性に守りたくなる。
こんな時間がこんな身近にあったことに、どうして今まで気付かなかったのだろう。
願わくば、この瞬間が永久に続かんことを。





『んっ、んんっ、……ふわぁぁ〜。』
『ん〜〜〜……』
「お、やっと起きたか」
『たかあき、くん?』
「んん?寝ぼけてんのか?」
『寝ぼけて……、私、寝ぼけて……。』
『あ、そっか。私、いつの間に……』

「ああ、随分ぐっすり寝てたぞ。疲れてんのか?」
『ん〜、そうかもぉ〜』
「ま、次は家に帰って寝たほうがいいな」
『そうだねぇ〜』

カァ、カァ、……。

「さて、カラスが鳴いたら帰りましょっと」
『ん〜、そうだね、そろそろ夕方だし』
〔んぐ、ぐが、すぴ〜〕
「あ、そういえばコイツの存在を忘れるところだった。」
「おい、郁乃!郁乃!」
『郁乃?ほら、そろそろ起きて』
〔ぐが、…………んぁ?〕
「ほら、起きねえと置いてくぞ」
〔おいてっちゃやらぁ〜〕
「まぁーだ寝ぼけてやがる」
『う〜ん。郁乃、寝起き弱いからねぇ』
「そーいえばそうだったな……」
〔ん〜〜〜、が、すぴ……〕
「って、二度寝すんなって!」
『も〜、ほら、起きなさいって!』
〔んぁ?んん、らいじょうぶ、おきる、おきる……〕
「…………」
『はぁ〜〜』
「だーめだこりゃ。」
「んー仕方ねえ。なぁ、愛佳」
『なぁに?たかあきくん』
「愛佳の家って、そんなに遠くないよな」
『んー、そうね、ここからだと歩いて20分くらいかな?』
「うし、それなら問題ないか」
『ん?何するの?』
「ちょっと鞄持っててくれ。流石に置いてくわけにもいかんだろう」
『え、えと、』
「そーれ」

眠り姫様を背負う。

『え、い、いいよ!そんな、悪いって』
「んーしかし、このままってわけにもいかないし。」
「それにこのまま体調崩されたら俺だって後味悪いしな」
『そ、それはそうだけど、、、。』
『えっと、じゃぁお願いしていい?』
「お任せあれ。よし、案内してくれよ」
『うん。分かった』

公園を出て愛佳たちの家への帰路を進む。
……この街は、夕陽がいつも綺麗だ。

「すっげー夕陽……」
『うん……』
「この街ってさ、どこにいたって夕陽が綺麗に見えるんだよな」
『そういえば……そうだね』
「ん、今思ったんだけどさ」
『なぁに?』
「この街にさ」
『うん』
「なんか、夕陽の神様が住んでるのかなぁ、なーんて」
『神様。……夕陽の、神様。か。ふふっ』
「な、わ、笑うなよ」
『ふふふっ。ごめんなさい。今のたかあきくん、ちょっと子供みたいで。おかしくなっちゃった』
「俺が子供だとおかしいか?」
『ううん。全然。だけど、たかあきくんっていつも頼りがいがある感じだから』
「……えぇっと、愛佳、それって……」
『ん?ああぁああぁぁ、ええっと、その、だ、だってたかあきくん、 私が困ってるときはいっつも力になってくれるし……。』
『書庫の時だって、今だってその。だ、だから、……』
「頼りがい。頼りがいかぁ」
『〜〜〜〜〜〜っ』
「ありがとな。愛佳。……あー、なんか照れるな」

そんなこといって、実は言った本人が一番照れてるんだけど。
でも、真っ赤に染まっているはずのほっぺは、もう夕陽で彩られていて。

「にしても」
『ど、どうしたの?』
「軽いよな、コイツ……」

と、後ろを少し振り返り、背負いなおす。

「よいしょっと」
『…………』
「こんな体で、今まで……。」
「俺はさ、体が思うように動かないっていう経験なんてしたことないから、よく分からないんだけど」
『…………』
「やっぱり、辛かったんだろうなぁ……」
『……私は、』
「ん?」
『私、私は、そういう郁乃の苦しみを、分かってあげられてたのかな……』
「…………」
『心配で、いつもお見舞いに行ってたんだけど、ベッドの上の郁乃はちょっと素っ気なくて。 ……自信、なかった』
「…………」
『私が、私がもっとがんばっていれば、もう少し早く治ったかもしれな…』
「俺は。」

そこまで言いかけた愛佳の言葉を遮るように、一言。


「俺は、愛佳はよくやってたって思ってる」
『……え?』
「委員長のことは前にも言ったな。」
「……病院でのことは、正直よく分からない。やりとりを見たのだって数回しかないんだし……」
『…………』
「ごめんな、こんな曖昧なこと言っちまって。」
「でも、俺はコイツは、愛佳のこと好きなんだって思うぞ。」
「なんとなくだけど、分かる気がする。」
「きっと感謝してると思うよ。コイツだって、まさか鬼じゃあるまいし」
『たかあきくん……』
「一生懸命自分のことを考えてくれる姉貴のこと、嫌いになれるはずないんじゃないかな」
『そう、なのかな……』
「んー……、まぁ、俺には本当のところはよく分からないんだが。」
「おい郁乃、起きてんだろ?」
『えっ?』
〔…………〕
「ばればれだっつーの」
『えっ?え、ってことは……』
「言ってやれよ。そんくらいしといても罰は当たんないぞ」
『えと、郁乃?』
〔変なところで鋭いのね全く。〕
〔……あたし、お姉ちゃんのこと見てるといらいらするのよ〕
『っ!!』
〔だってそうでしょ?〕
〔だって、だってこんなに、こんなに気にかけてくれて、たくさんお見舞いに 来てくれたし、つまんない病院で話し相手になって、いろんなお話もしてくれて。〕
〔あたしのことずっと心配しててくれて。〕
〔……それで、それなのにさぁ〕
「…………」
〔嫌いになんて、なれるわけ、ない……〕
『郁乃……』
〔おねえちゃん、あたし、お姉ちゃんのこと好きだよ。〕
〔……だから、だから。お姉ちゃんは、あたしの最高のお姉ちゃんなんだから。〕
〔…………その、このコイツも分かってるって言ってるし……。〕
〔だからさ、もうちょっと自信もって欲しい。もうちょっと胸を張って、ね?〕
『い、郁乃ぉ〜〜〜』
〔ほらほら泣かない泣かない。そんなんだからこんな奴につけ込まれるんだよ?〕
『うん、ぐす、あ、ありがと……』
〔あたしもがんばるからさ、元気出して〕
『うんっ、うんっ……!』
「やれやれ。な?分かっただろ?」
『……ぅん』
〔あとそこのアンタ!〕
「な、なんだよ」
〔もう後はないんだからね〕
「な、何のことだ?」
〔とぼけるんじゃないわよ!〕
〔もうこれ以上お姉ちゃんを泣かしたら許さないわよ〕
「お、おいおい。今回のはお前が…」
〔あーあー聞こえない聞こえない。〕
〔あ、もういいから。この辺で降ろしてくれない?〕
「く、こ、コイツ……。」
「あったまきた。もう降ろしてやんねー」
〔え、ちょ、ちょっと!〕
『ああ、でももうすぐ着くよ』
「そういうこった。おとなしくするんだな」
〔きぃー〕
『あ、そこの角を曲がったすぐの、そう、そこです』
「なんだ、本当にすぐ着いちまった」
〔ほっ、さ、降ろしてくれない?〕
「へいへい、っと」
『ありがとね、たかあきくん。迷惑かけちゃって…』
「愛佳」
『な、何?』
「『迷惑かけちゃって』は今後控えること。俺なんかの方が、よほど愛佳に迷惑かけてる」
『え、あっ』
「だから、それはなし。っていうかその、俺になら迷惑なんていくらでもかけていいわけだし……」
『そ、あれ、えっと、、、それは』
「…………」
『〜〜〜〜っ』
〔……はぁ、見てらんないわ。〕
〔……ほーら、お姉ちゃん!家入ろ〕
『ええぇ、あ、そ、そうね。
『えっと、それじゃたかあきくん。今日はありがと』
「どーいたしまして」
『ほら郁乃も。ありがとうは?』
〔え〜〜〕
『わがまま言わないの。たかあきくん、なかなか起きない郁乃をずっとおんぶしてくれたんだからね』
〔そ、それは分かってるけど〕
『ありがとうって言うまで家には入れません』
〔ええっ、お、お姉ちゃん……〕
「言いたくないならいいんだぜ、別に。素直じゃないんだなぁ、郁乃は」
〔く、……。〕
〔そ、その、…………ありがと〕
「ああ、どういたしまして」
『よく出来ましたっ』
〔も〜〜〜、子供扱いしないでよぉ〕
「はははっ。っと、それじゃ俺は帰るから」
『え、あ、送るよ』
「いいって。暗くなってきたし、行きはよくても帰りが危ないからな」
『え、そ、そう……』
「ああ。飯食って早く寝て、明日も学校行けるようにしないといけないのもいるし」
〔ちぇっ!〕
「んじゃまた明日」
『うん。また明日』
〔……また、明日〕

小牧家を後にする。


帰り道。

東の空を濃紺で染め、西の空には茜色の絵の具を垂らしたら、その境目は吸い込まれそうなグラデーション。
水気たっぷりの筆で描くのは、朱が映り込んだ雲、雲、雲。
立ち止まって眺めてみると、実にいろいろな色があることに気付く。

ふと思い出すのは、青い空、白い雲。木陰と日なたと緑のコントラスト。
そして、紅一点の赤い制服。

二人の寝顔が、網膜に焼き付いてしまったようだった。