"ToHeart2" Side Story for Y.Tonami part.1





「……」
『?』
「……なんつーか……」
『何読んでんの?たかあき』
「いや、ちょっとこれ読んでみ」

五月某日。俺たちはいつものように学食で昼休みを過ごす。
腹は膨れるが味は単調。濃い目にすることで素材の味を殺し、セルフサービスにすることで人件費を削減。
腹をすかせた庶民に優しく、健康と味覚と、ついでに雄二には優しくないという素敵仕様だ。

そんな全く持って夢のない空間で、新聞というこれまた夢のない代物を広げる。
向かいにはショートカットの女のコ。長瀬由真その人である。

『「駅前ツインタワービルの連絡通路開通式が延期」?』
『「街の新たなショッピング・スポットとして人気を集めている駅前ツインタワービルの南北連絡通路の開通式の 延期が、昨日、ビルの運営をしている○×ビルから突然発表された。○×ビルは延期の理由について触れておらず、 関係者に疑問が走っている。」』
『……これって…』
「ああ、間違いなく……」
『うっわー、やっちゃったねー。たかあき新聞記事になっちゃったじゃん』
「ああ、って、俺のことは一言も書いてないぞ。○×ビルだって理由について触れていないって…」
『…まぁそうね』
「にしてもおかしいんだよな。あの後○×ビルは何も言ってこないし……。そんなに遅い時間じゃなかったから 顔は割れてるはずなんだが」
『…ふふん』
「何でそこでお前が得意そうな顔をするんだ?」
『ふっふっふ』
「ゆ、由真、どうした?確かにここの飯はまずいが、毒は入ってないはずだぞ」
『気が変になんかなっていわよ!』
「だったらどうしたんだ?」
『ビルでのことでたかあきが何のお咎めも受けない……それは我が長瀬の力があってこそなのだよ、 そこのたかあき君』
「あ、もしかして…」
『そう。我が長瀬家の権力を持ってすればガラスの一枚や二枚などは全く取るに足らないことなのだよ』
「ふむふむ。由真の家の人が何とかしてくれたわけか」
『そうさ、感謝したまえ』

そう言っていすにふんぞり返る。すぐ調子に乗るんだよな。

「でも、解決したのは由真の家であって、お前自身じゃないだろ。何でお前がそんな威張ってるんだ?」
『ぐっ、ま、まぁとにかく、何も無くてよかったじゃない』
「そりゃ、そうだけどさ」
『いや、あの後家に帰ってからおじいちゃんに、』
「なぁに、お前は何も心配することないんじゃよ」
『とか言われて、何のことかって思ってたけど、こういうことだったんだなぁって』
「由真も知らなかったのかよ」
『うん。全然』
「……まぁともあれ、これでようやく元通りかな。……何か、長かったなぁ…」
『………そだね。あれから半月も経ってないのに、すごく長かった気がする』

あの卓球の試合で途切れてしまった、こんな馬鹿馬鹿しいひとときも、ようやく戻ってきた。

「さて、そろそろ撤退しますかな」
『…ん。』

『…ところで、何で新聞なんて持ってんの?』
「や、今朝久しぶりに郵便受け見たらさ、」
『「久しぶり」………あー、分かった。言わなくていい』
「察しがいいな。流石は俺の由真」
『俺のって何よ?俺のって』

納得行かないといった口調ではあるものの、嫌がってる訳ではないご様子。
うーん……、初々しくていいねぇ。

『なにニヤニヤ笑ってるのよ!もう。……それにしてもあんたの生活の惨状が目に浮かぶわね。 食事もろくなもの食べてないんじゃないの?』
「ん?ああ。まぁ最後に食ったまともなもんと言えば、ここのA定かな」
『……予想通りというわけね。ご飯作ってくれる人は……いないからそんな 生活してるんだったか。自炊しないの?』
「や、めんどくさいし」
『はぁ…。全くこのたかあきはしょうがないわね』
「んー、まぁいいんじゃない?そんなに気になるか?」
『というか、よくそんなので生きてられるわね…』
「案外何とかなるもんだぜ?ま、お前のところはいかにもいいもの食ってそうだからな。お嬢様だし」
『しょうがないでしょー。長瀬の家に生まれちゃったんだから』
「そらそうだ。んー」

隣の由真の体をじぃっと観察してみる。水を使う仕事の人は手が荒れると聞く。うん。由真の手はすべすべで綺麗だ。
自炊しろとは言うけど、こいつ、実は料理とかしたことなかったりするんじゃないか?

『………たかあき』
「ん?どした?」
『今、「私は料理も出来ない」とか考えてたでしょ』
「うぉ!お前、人の思考を読めるのか?」
『…ふっ』
「おっと」

自分で認めてりゃ世話ないな。

『私だって料理くらいその気になれば…』
「でもお前、いかにもそういうことしなさそうじゃん」
『い、言ったわね!?よーし、その勝負受けて立つ!!』
「……何でいきなりそうなるんだ?」
『見てなさいよ?たかあきがあっと驚くようなのを作って見返してやるんだから!』
「作るのはいいけど、それを俺はどうやって食うんだ?」
『……』

急にきょとんとした顔になる。こいつの顔はころころ変わって本当に面白いな…

『考えてなかったわね』
「……ゆーまさーん」
『んー、よしっ。じゃあ明日からたかあきにお弁当作ってくることにする』
「ほぅ」
『せいぜいお腹を空かせて待ってることねっ』
「ああ、いいぜ」

由真が弁当作ってきてくれるとは、これは意外な展開。昼飯代も浮くし、ラッキーだな。





翌日昼休み。屋上にて。

『さぁ!作ってきてやったわよ!!』

そういいながら、ナフキンの包みを解き、弁当箱のふたをあける。

「おおお」
『ふっ、恐れ入ったかたかあきめ』
「や、食べないと味分かんないし」

今日のおかずはきんぴらごぼう、ほうれん草のおひたし、肉じゃが。

「んじゃ、早速。いただきまーす。はぐっ」
『……ごくっ』

………
……

「…………」
『ど、どう?』
「うまい……。いや、お世辞じゃなくてまじでうまい。由真料理上手なんだな」
『はっはっは、参ったか!』
「や、ほんと参りました。その、ありがとう」
『お、お礼なんて。これは一応勝負なんだし……。でも、どういたしまして』

そういいながら残りの弁当も食べてしまう。
素朴な内容だが、しっかり作りこまれていてかなり美味い。

『デザートもあるのよ』
「おっ、準備がいいなぁ」

別の容器に入っていたのはいちご。
流石由真だ。

………
……

「ふぅ。美味かった。ご馳走様」
『ん。どういたしまして』
「あ〜、こんな美味いもん食ったの久しぶりだわ」
『そんな、大げさだって』
「いや、これならほんと、毎日でも食っていたいよ」
『え、そ、それなら明日も作ってきてやろうじゃない』
「本当?」
『う、うん。感謝しなさいよ!』
「や、それはもう」
「ところで、お前の分は?」
『あ』
「……」





翌日。屋上。同時刻。
「思ったんだが、なんで教室じゃいけないんだ?」
『えっ、そ、そんな恥ずかしいこと出来るわけないでしょ!』
「恥ずかしいことなのか?」
『決まってるじゃない!それに、教室なんて暗いところでじゃなくて、 太陽の光を浴びながら食べたほうが、ご飯もおいしくなるってものよ』
「うむ。ま、それは一理あるな」
『そう。さ、余計な話してないで食べて食べて』
「おう」

天気は快晴。時折吹くそよ風が気持ちのいい、晩春の昼下がり。
あちこちに初夏の香りがただよい始め、来るべき夏に向けて心なしか気分も軽くなってくる。

「さぁて今日のおかずはっと」

弁当箱を開ける。

「……」

何か、昨日と中身が同じような……。作り置きかな?

『(じぃ……)』
見てるし……。 ま、折角作ってきてくれたんだから文句は言えないよな。 いただきまーす。 『……』
「ゆ、由真?」
『え、何?』
「その、そんなに見られてると食べにくいんだけど」
『え、あ、』

無意識だったのか……

「今日はあるんだろ?お前の分も。食べれば?」
『そ、そうね。じゃ、いただきます』

……………

「ご馳走さま。今日も美味かったぜ」
『どーいたしまして』
「んっ、んーー。あー。それにしても馬鹿みたいにいい天気だなぁ」
『ほんと。ここまで綺麗に晴れるとすがすがしいわね』

二人で雲一つない、深い空を見上げる。 屋上にいる他のやつらも俺たちと同じように、 降り注ぐ陽射しと軽やかに吹き抜ける風に包まれていた。





さらにその翌日。於 屋上。昼休み。

…………さて。 隣で美味そうに肉じゃがを頬張る由真の姿を覗きこむ。
本日で三日目となる長瀬嬢の手づくり弁当だが、俺にはどうも気にかかることがあった。

『もぐもぐ。ん、いい具合に味も染みてるわね』

三日坊主って四日目から途絶えることだっけか?

『んぐ。ごくん。ん?』

果てさて、この疑問をぶつけるべきか。

『?たかあき、どったの?』

ノ 無言で挙手。

「先生。質問です」
『ん??おお、そこのたかあきとやら。何だね?言ってみなさい』

ノリだけはやけにいいな……

「これに関してなんですけど」
『お弁当?たかあき食べないの?』
「や、これを一度じっくりご覧になってください」
『ふむ、どれどれ。おー、こりゃあ美味しそうなお弁当じゃないか。
肉じゃがも良く味染みてそうだし、何と今日のきんぴらにはれんこんも入っているぞ。
しかも手づくりときた。このお弁当を作ったのはさぞかし料理上手で可愛いお嬢さんなのじゃろう。
しかもデザートはいちごか。もう言うことなしじゃな』

「………………」
『それで、君は何を気にしているのかね?』
「んー、や、何か初日からメニューが変わってないなーって」
『(!!)そ、そうかね?わしは美味しければいいと思うのじゃが』
「………………………」
『………あ〜、その、やっぱまずかった?』

素に戻る。 ノ もう一度挙手。
「質問。もしかして由真、」
『ば、ばか!何言ってるのよ!!この私がまさか肉じゃがとおひたしときんぴらしか作れない なんてことがあるわけないでしょ!』
「……やっぱそうだったのか」
『くっ……』
「や、その、美味しいことは美味しいんだけど。流石に毎日同じだと飽きるっつーか」
『ふぬっ』
「っていうかおひたしなんてほうれん草煮るだけのような」
『にゅっ』
「……一応訊くけど、由真、これ以外のものを作った経験は?」
『…………』
「沈黙は肯定……この場合は暗に否定か」
『ぁあ、そーよ、悪い!?』
「や、悪くはないんだけど。現にこれだけ美味いもの作れるし。 ただ、もっとレパートリーがあると素晴らしいなぁと」
『……や、やっぱ練習しなきゃダメかぁ』
「ああ。やってみろよ。筋はいいんだから絶対他のものも上手くなるって。 なんなら俺が練習台になるし」
『ほんと?』
「おうよ」
『じゃ、じゃあ明日から他のものも挑戦してみようかな』
「期待してるぜ。……さて、俺もこれ食わないとな」

まだ手を付けてなかった弁当をかっこむ。 由真も、残りの弁当を食べ始める。

……

「うい、ごちそーさん」
『お粗末さまでした』
「ああ。……それにしても、この三品だけむちゃくちゃ上手くて、他は全く やったことないってのも偏ってるよなー」
『いや、中学のとき、一時期料理にはまったことがあって』
「ふむふむ」
『で、これだけやったら満足しちゃってさ』
「あー、なるほど。……由真らしいな」
『悪かったわねーだ』
「いやいや、褒め言葉だって」
『そぅ?』
「ああ。何かに夢中になれるっていいことだし」
『そりゃどうも。あのね、やっぱり料理くらい出来ないとだめかなーってね。 そのとき思ったの。それで始めてみたってわけ』
「……あ。今思いついたんだけど、もしかしてそのきっかけって……」
『あーあーあーー、言わなくていい、言わなくていいから』

頬を赤らめてその言葉を遮る。 ついからかいたくなるんだよな。こういう姿見てると。

「でも俺は、例え料理なんて出来なくたって、由真ならOKだぜ?」
『!』

……こんな風に。

「いや、マジ。あ、それで料理も出来たら最高だよなぁ。もう言うことなしって感じだ」
『ぅぅ〜〜。な、なんでそーゆー恥ずかしいことを平気で言えるのよ〜』
「はは」
『……全くもう。たかあきって本当にふぬけてるんだから。でも、いくら女性が世に出る時代とは言っても、 料理くらい 出来とかないといろいろ困るでしょ?』
「ああ。でも俺の場合自分じゃやらないから。出来てもらわないと困るんだよな」
『たかあき、そんなんじゃもてなくて苦労するよ。たかあきの彼女になって、しかもご飯まで作ってくれる ような物好きな 人なんて絶対いないもん』

ここで、急に顔をまじめなものに変えて由真の瞳をじっと見据える。

「由真は?俺に飯作ってくれないのか?」
『えぇ、そ、それは……』

そして耳元に顔を寄せて囁く。

「俺は由真がいてくれれば十分だよ」
『っ!!も、もーーたかあきなんて知らない!!』
「はははっ」

もう照れ照れだ。

「はは、おっと、もう昼休み終わりだ。戻ろうぜ」
『え、あ、もうこんな時間』

弁当の包みを片付けてベンチを立つ。

「そういえば気になってたんだけどさ」
『なに?』
「何で、肉じゃがとかそういう渋いチョイスなんだ?」
『んー。そうねぇ。ほら、やっぱり「家庭の味」って感じがするじゃない?』
「なるほどね」

家庭、か。こいつの夢……なのかな。

「で、中途半端が嫌いな由真は」
『うん。極めるまでそれしか作らなかった』
「極めたところでブームが去ったわけか」
『大体そんな感じ』

ぎぃぃ……、ばたん。
屋上へ通じる扉が閉まる。
外の明るい光に慣れていたので、暗い階段の下が見えず、二人して立ち止まってしまう。
階下から聞こえる賑やかな声が、一瞬、まるで俺たちを祝福する声に聞こえてきた。

(……俺も焼きが回ったな)

暗がりに慣れた目で段差を追い、一歩を踏み出す。
俺たちの日常は、かくして繰り返されてゆく。