"ToHeart2" Side Story for Y.Tonami part.3





「お邪魔しま〜す。」
カチ。静まり返った我が家の明かりをつける。
「せめて玄関の明かりくらいつけなさいよね。不用心じゃない。」
「ああ……。じゃなくて、じいさんから電話が来て、それからすぐに飛び出したから。かなり焦ってるみたいだったし。」
ドアを後ろ手に閉め、スリッパを一足下駄箱から出す。
「ほれ。床はまだ冷たいからな。」
「ん。あんがと。それにしてもおじいちゃん……。分かってたなら焦って電話なんかする?」
「それだけ心配だったんだよ。……それとも俺が乗せられたか。」
「あ、こっちこっち。」
リビングの戸を開け、明かりをつける。
「ん、案外素だったかもね。」
「はは、どうだかな。」
本意がどこにあったにしろ、チャンスをくれたのは事実だ。俺はじいさんに感謝しなければいけないのかもしれない。
「座ってくれよ。今何か出すから。」
「え、いいって。そんな、悪いよ。」
「来客のもてなしくらいさせてくれ。」
あれからやけに遠慮がちになった由真をソファに案内する。
遠慮がちになったってことは……少しは素直になってくれたってことなんだろうか。
「ねぇ、たかあき……?」
「んー?」
「たかあきって、今一人で暮らしてるのよね。」
「ああ。二人して海外出張さ。いい気なもんだよな。」
「なあに?嬉しくないの?」
「そうだなー。最初は気楽だったけど、こういう、例えば遅くに帰ってきても誰もいないってのはちょっとな。」
「そっか。そうよね。誰もいなくて、明かりが消えてて。か。」
「そうだな。慣れたって言えば慣れたけど。ほら、出来たぞ。」
ホットミルク。レンジで温めて、缶にたくさん溜めてあったヨーグルトの砂糖を入れただけ。
トレイに載せて由真のところまで持っていく。
「ホットミルクかぁ。私、ホットミルクって結構好き。」
「お、そりゃ何よりだ。熱いからやけどしないようにな。」
「うん。ふ〜っ、ふ〜〜っ……」
「ふーーっ!ふぅぅーーー!」
「ぷっ!た、たかあき、何その冷まし方。変な顔〜。」
「い、いいじゃねえかよ。」
「ふふ。……はふ、おいし。」
「ああ。」

カッチ、コッチ。
時を刻む音がやけにはっきりと聞こえる。
ざぁ……、ざぁ……。
外からは木々がざわめく声。風が強くなってきたみたいだ。

「ごちそーさま。おいしかった。」
「お粗末様。」
空になったカップを再びトレイに載せ、流しに運ぶ。
「……なんか、静かだね。」
温まった体には、物音がよけいに染みるような気がする。
「そうだな。落ち着くような感じがする。」
「私は……。」
「ん?」
「私は、落ち着くって言うより、何か寂しい気がする。こんな家に一人でいたら、怖くてどうにかなっちゃいそう……。」
「……そうだな。いつもはテレビを見てたりするからあんまり気付かないけど。」
「ね、そっち、行っていい?」
「あ、ああ。」
「ん。」
向かいに座っていた由真が、立ち上がって俺の隣に腰掛ける。
「………」
「………」
俯く由真。覗く白いうなじ。その肩が震えるのは寒さのためか、寂しさのためか。
「なぁ。」
「ん?」
「こっち、来いよ。」
自分のひざの上をあごで示す。
「え……?」
「いや、その、嫌ならいいんだけど……。」
「……」
少しの沈黙の後、立ち上がり、俺のひざの上に腰を下ろす。
「……で、どうする積り?」
「由真…………。」
ぎゅっ……。
由真の正面に腕を回し、抱きしめる。細い肩。華奢な体躯。触ったら壊れてしまいそうなのに、とても温かい。
「え、ちょ、ちょ、っとぉ……」
「……」
「ま、全く。たかあきったら……。」
「ごめんな。俺にはこんくらいしか出来ないんだ。」
「……ううん。たかあきは悪くない。謝らなくていいよ。だって、その、」
「……俺は、今まで生きてきて、今の瞬間がきっと一番安心してると思う。」
「……私も。あは。たかあきぃ?あったかいよ……。」
「俺も。はは。おかしいよな。熱って温かい方から冷たい方に伝わるのに、二人とも温かいんだぜ。」
「うん。なんでだろうね……。」

静かな時間が流れる。
秒針の音、葉ずれの音。……そして、由真の鼓動。
トクン、トクンと穏やかなリズムを刻む。

「……夢とか、追ってたりすると、」
腕の中の少女に語りかける。
「……」
「きっと、辛いこととか、苦しいこととか、嫌なこととか、哀しいこととか、」
「…………」
「あると思うんだ。……そんな時、一人だったらどうしようもないかもしれないけど、」
「たかあき……」
「二人いればさ、どうしようも、本当にどうしようもなくなっても支えあえると思うし、」
「うん……」
「その、だから、もし由真がそういう風になっちゃったら、思いつめないで、」
「た、かあき……?」
「今までみたいに、一人で考え込まないで、頼って欲しい。……俺は由真の、そういう存在になれたらいいって思ってる。」
「う、うん。……優しいね。たかあきは。なんだか、心がすごく軽くなったような気がする。」
「そっか、よかった。」
「ありがとね。嬉しいよ。」
腕の力を少し緩める。振り向く。目線が重なる。
「ぁ……。」
自然に重なる唇。
「んっ……。」
腕の片方を腰に、もう片方を頭に回して抱きしめる。
このひとが、とても大切に思える。今の時間がすごく長く感じられる。
柔らかい唇。染まる頬。高まる鼓動。全てが俺の腕の中にあって、それなのに自分が抱かれているような。

「……はふぅ。」
「ん……。」
どこからともなく唇を離す。絡まる視線、熱を帯びた体、トロンと潤んだ瞳。
「ね。」
「ん?」
「……だいすき。」
「俺も、好きだよ。由真。」
「んふ。……ね、私達ってもう『恋人』だよね。」
「そうなるかな。」
「私、こういうのってテレビとか映画とかの中だけなのかと思ってた。でもさ、いざなってみると結構普通だね。」
「そうだな。こうするのがすごく自然なことみたいに感じる。」
「たかあき……。私、今すごく幸せかも。」
「俺もだよ、由真。」
「あはは。なんか眠くなってきちゃった。たかあきにぎゅ〜ってされてれば、いい夢見られるのかなぁ。」
「……そんなことしてたら寝づらいんじゃないか?」
「はぁ……。もうたかあきは。夢を壊すようなこと言わないでよ。」
「はは、悪い悪い。でもさ、ここで寝たら家の人は心配するぜ?」
「んー……。大丈夫じゃないかな。」
「大丈夫って……。だってじいさんには。」
「おじいちゃんだって、私達があのまま別れるなんて思わないんじゃないかな。」
「いや、でも流石に朝帰りっていうのは……。」
「んー……。いいや。もう。明日は日曜だし、もし何か言われてもたかあきのせいにすればいいし。」
「おいおい、そりゃ勘弁してくれよ……。」
「ふふ、冗談。」
「由真のは冗談に聞こえないんだよ……。」
「悪かったわね……。えっと、今は何時ぐらい?」
「ん。」
先ほどからリビングにその音を響かせている物体に目をやる。
「六時半。」
「あ、まだそんな時間か……。」
「まだって、由真の家なんかは門限厳しいんじゃないのか?」
「え、ま、まぁその…………実はもう過ぎてたり。」
「ええ、ちょ、それは結構まずいんじゃ……。」
「……おじいちゃんが先に帰ってるはずだから。……でもやっぱりまずいかなぁ。」
「あんまりゆっくりしてられないかもな。」
「んー……。ぁ〜〜!もう!!」
「ん?え、ちょっ!」
がばっ!
いきなり抱きついてくる。その勢いで倒れこんでしまう。
「ゆ、由真……。」
「たかあきぃ〜。ねぇ、今日は、今日くらいは、いいじゃない……。」
「由真……。」
「離れたく、ないよ……。」
その声には先ほどまでの落ち着きはなく、以前の不安げなものが見え隠れしていた。
そんな由真を、俺は再び抱きしめる。
「ぁ……。」
「大丈夫。離さないよ……。」
「ぅん。……ね、キス、しよ?」
「ああ……。」
再び口付けを交わす。離れえぬよう、取り残されぬよう。
「ん、んふ、んちゅ…………、んむ。」
息が苦しい。頭がぼーっとする。愛しさが溢れてくる。由真のことしか見えなくなる。熱が全身を支配する。

俺たちはもう、止められなかった。